■自分のアタマで考える時代-その1

「社会の制度」や「私達の価値観」は、70年プラスαの周期で大きく変わるようです。

旗本・御家人の負債救済を目的として実施された「寛政の改革」―ー 幕藩体制という制度は実質、崩壊していたのです。75年後、1868年の「明治時代への改元」―― 明治維新は、改元から西南戦争終結まで10年を要しました。

そして77年後、1945年の「太平洋戦争の敗戦」。それから74年後、2019年の「令和時代への改元」です。

これは、社会制度や価値観の寿命は “70年プラスα” しか持たないことを意味しています。

でも、現在の社会制度や価値観が「ガラッと変わる」とは思えないかもしれません。しかし、たとえば、幕末の当時、長く続いた封建制度が崩壊するとは、よもや思えなかったでしょう。また、敗戦、焼け野原になった当時、世界2位の経済大国に駆け上がるとは、よもや思えなかったでしょう。

“70年プラスα” の周期で、社会制度や価値観の変化が起こるとすれば、今これから、その周期が訪れるとすれば、そうなるであろうという「新しい社会制度」や「新たな価値観」を推測して、それにいち早く、対応することが必要です。そうでないと、取り残されてしまいます。

現に、水面下で、政府は、1945年から2019年までを『戦後の第一創業期』、2020年からを『第二創業期』ととらえ、社会制度を創り変えようとしています。社会制度が変われば、その影響を受けて、これまでの価値観は通用しなくなります。

そこで、「第一創業期とはどんな時代だったのか?」「なぜ、これまでの社会制度や価値観は寿命を終えるのか?」について、 考えてみたいと思います。

第一創業期は、1945年の昭和20年から2019年の令和元年までの、「昭和の後半」と「平成の全て」を合わせた期間です。

まず、1945年から1952年までのGHQによる占領、1950年から1955年までの朝鮮戦争による特需を経て、復興を果たしました。軍事力をアメリカに依存することで、経済復興と生活向上に専念できたのです。

そして、「戦後は終わった」と宣言した1956年に、国連に加盟して国際社会に復帰。この1956年から1990年までの34年間で、日本の経済は平均で年7%成長 しました。

年7%成長すると、複利により10年で倍になります。つまり、日本の経済は最初の10年で倍に、次の10年でさらに倍に、次の次の10年でさらにさらに倍に・・・、倍々ゲームで成長したのです。

そして日本全体が、アメリカを先行モデルとして、一丸となって、経済大国を目指していく体制に、「新卒一括採用・終身雇用・年功序列・定年制」という日本固有の雇用システムが、完璧にマッチし、大いに効果を発揮しました。

そのため、異端や多様性は嫌われ、集団で一つの方向に向かうという “働き方” が美徳とされたのです。

また、経済成長の見通しがついた、戦後16年目の1961年には、「年金制度」と「健康保険制度」を同時に、発足させました。当時の、日本人全体の平均年齢はなんと29歳と若く、総人口もどんどん増え、日本の社会は若者で溢れかえっていました。

一方、平均寿命は、男性65歳/女性70歳 ―― 信じられないほど、短かったのです。そのため男性であれば、「受験▶就職▶55歳で定年▶その後10年の余生」というのが一般的な人生でした。まるで、敷かれた一本のレールを、終着駅まで突っ走るような “生き方・働き方” だったのです。

国にすれば、60歳から支給する年金の期間は5年間と短く、それに65歳(=当時の男性の平均寿命)を超えて支給する人は総人口の6%弱と少なかったので、年金・医療の社会保障費は、大した金額ではなかったのです。

ところが、1991年(平成3年)にバブル崩壊、「失われた20年」と呼ばれる、長い停滞期に入りました。そして2008年から、人口は減少に転じ、消費は一向に伸びませんが、その一方で、寿命は “人生100歳” に向かって伸び続けています。

このままでは、「人口減少」と「高齢化」がダブルパンチとなって、日本の社会を危機的な状態へと向かわせます。年金や医療の社会保障を「負担する働き手人口」がどんどん減って、「受給する高齢者人口」がますます増えるのですから、事態は深刻です。

もはや、社会の制度を根本から変えなければ、国を持続させることができない。そのため、平成から令和への改元、東京五輪という国家的行事を執り行い、気分を一新して、2020年からの『第二創業期』をスタートさせるのです。

ーー次回へーー