●「考える」喜びを知る幸せ

 

自慢話のようで恐縮ですが、一を聞いて十を知る人間でした。勘が利くタイプで、学校の成績に関係なく、様々なハードルを意外にスムーズに乗り越えて来ました。

 

あまり深く考えず、自分の本能というか勘だけで、人生を生きてきたように思います。議論をしたり、深く物事を考えてこなかったとは反省です。

 

でもです。この頃は深く考えたり、議論することが面白く感じます。一つの命題について考える、意見交換する。他者の意見を聞いてさらに考える。そんなことが楽しくて仕方ありません。

 

議論や考えることは面倒でもありますが、色々な視点(視ている観点)や視座(視ている座標)で考えると、自分の中に今まで気づいていなかった自分を見つけたりします。

 

自分と対峙する以上に他者と対峙すると、得られるものはとても大きいです。他者の意見や考えをあっさり聞いて、このぐらいのことだろうと浅く理解するよりも、大きな喜びや自己成長感を感じます。今までは下手な考え休むに似たりと言っていた自分が浅はかだったと思います。

 

考えることの喜びは教える以上の喜びです。他者が自分の意見を受け入れてくれる以上の面白さです。どんな些細なことでも一から考えてみると、奥の広がりが見えてきます。何よりも素敵なことは考えたことが自分の血となり肉となっていくことです。

 

年齢を重ねて、色々な経験をしていますし、様々な知識も持っています。でもです。そんなモノがなくても、考えることで目の前の景色が変わって見えます。誰かが言ったことでも一旦受け入れて自分の中で考えてみると、全く異なった景色や解釈が見えてきます。

 

当分、仕事に関係なく「考えること」の面白さとそのあとの喜びに浸っていたいと思うこの頃です。

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