●自分の言葉に翻弄される
「あなたのために」―― この言葉に酔うことがあります。
顧みれば講師という仕事も、「お役に立つ」「教えたい」から成立しているような気がします。
そして誰しも、「人の役に立つこと」や「有意義なアドバイスを言う」ことが好きです。自分の後輩や部下に育ってほしい。子供には自分を越えて欲しい。一緒になった限りはパートナーに良い格好もしたい。
これらの基本には、「あなたのために」という気持ちがあります。本来は誠意なのです。
けれども、「あなたのために」という気持ちが全ての自分の行動を正当化し、暴走させることもあります。
周囲との関係がうまく行ってないのなら、私が何とかする。もっと効率よく仕事をする方法を教える。後輩に自分が知っていることを全部教えたい。これらは悪いことではありません。むしろ相手を思っての行為です。
でもです。そこに、○○して “あげる” という言葉が付くと、その途端に、それは相手のためではなく、自分のための行為になりがちです。
「指導してあげる」「教えてあげる」「見てあげる」「大事にしてあげる」―― これらの言葉は自分を鼓舞させますが、相手からすれば、時には押し付けにも感じます。
少し前のコマーシャルにもありましたが、「あなたのためだから・・・」は、実はそれを言っている自分のためかもしれません。