「失われた20年」パート2

何を失ったのか?とパート1で書きましたが、この20年は昭和の良き時代を忘れられないで、動けなかった20年だったのでと思っています。その意味では、昭和は激動の時代、若々しくて元気だった時代、皆が闇雲に頑張った時代、強烈にインパクトのあった時代だったかもしれません。

 

その昭和を象徴する人がまた亡くなりました。「歌はすべて人生の応援歌」を人生哲学とする日本作詞家協会名誉会長の星野哲郎さんです。享年85歳。

代表曲は、水前寺清子「三百六十五歩のマーチ」、都はるみ「アンコ椿は恋の花」、小林旭「昔の名前で出ています」、北島三郎「風雪ながれ旅」、美空ひばり「みだれ髪」、それに「男はつらいよ」の主題歌など、手掛けた曲は四千曲以上に及びます。

若い頃に病気で船乗りを断念して病棟で闘病生活を送られた星野さんは、“めげず・ひるまず・くじけず”の「三百六十五歩のマーチ」がご自身にとって一番心情の詰まった歌だと、生前語っていたそうです。1925年(大正14年)生まれですから、昭和の64年間をまるごと全力疾走で、それから平成に入っての21年間を、手を抜かず、一所懸命に生き抜いてこられた人と感じています。

 

私自身は、この20年は起業して仲間と共に新たな道を歩み始めた大変な期間でしたので、「失われた20年」という言葉を実感するほどの余裕はありませんでした。一所懸命に仕事して日々を生き抜いてきただけです。

メディアは、このままでは「失われた30年」になってしまうと報じます。私達は、これまで何を失い、何を得たのでしょうか?これから何を失い、何を得ようとしているのでしょうか?これから10年間を「元気人の輪を広げる」をライフワークとして頑張っていきたいと思っている私ですが、社会とこれからどう関わっていったらいいのかを考える上でも、「失われた20年」の意味を更に検証しなくてはと思っていますし、これからの10年を失うわけにはいかないと思っています。

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