世につれ

昨日も書きました作詞家の星野さんが得意とされた「演歌」は、人情の機微や人生の喜び悲しみを細やかに描写し、艶歌や怨歌とも呼ばれ、日本人の心に響いたと新聞の追悼欄に書かれていました。

ところで、演歌という言葉は昭和40年代に、従来の歌謡曲(流行歌)から分離独立した新語で、五木寛之が実在のレコード会社ディレクターをモデルにした小説「艶歌」がTVドラマ化され普及したようです。

新左翼などの学生運動と社会派ソング、高倉健に代表される任侠映画とアウトロー、最新鋭のカラオケ機器を配備したスナックと演歌の星「藤圭子」の登場など、その当時の時代背景が強烈に後押ししたのだと思います。

 

私は、社会人になって最初にお世話になったメンズアパレルの会社に昭和55―58年の3年9カ月在籍しましたが、色々な先輩方(‘メンズ暴れる‘と自称していた猛者達です)に毎日のようにスナックに連れて行かれ、カラオケで演歌の唸り声を聞かされたものです。

ところが、昭和が終わって平成に入って20数年になりますが、演歌はめっきり影をひそめ、K・POPやJ・POPが主流です。今では演歌は単独ジャンルではなく、「演歌・歌謡曲」とひと括りにされています。数少ないながらも話題曲として、秋川雅史「千の風になって」、秋元順子「愛のままで」、すぎもとまさと「吾亦紅」、坂本冬美「また君に恋してる」などがあります。どれも好きですが、昔聞いた「The演歌」とは少し違うように思います。カバーソングあり、ニューミュージックなどの流れを汲み様々な要素が合わさって…歌が生まれています。まさに「歌は世につれ、世は歌につれ」です。

 

昭和の演歌を唸っていたアパレル会社当時の先輩達(昭和22年―24年の団塊の世代が多いです)が順次定年退職されています。彼等は、戦後の貧しさを知る「最後の世代」であり、日本の高度成長を実感した「最後の世代」であり、昭和の時代を担う若き中心世代だったと思います。

この50年で平均寿命が1・5倍に飛躍的に伸びました。今や人生85―90年時代です。彼らがこれからの25―30年をどう生きたいのか、どんな夢や悩みを持っているのか、会って聞いてみたい気がします。「世につれ」の一端も彼らを通して見てみたいと考えています。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です